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ダンプ運転手のニアミス事故での脳出血に労災認定~福山ダンプトラック労災事件~ 弁護士 村田浩治(2000年6月)(民主法律243号)

弁護士 村田 浩治

一 事件の概要
   被災者かつ原告の福山勝三氏(被災当時、五一歳)はダンプトラックの一人親方である。道路建設の工事現場から出るずりの運搬等の仕事をしていた一九九三年六月、第二阪奈道路生駒インターチェンジを走行中、不意に左横から割り込んできた乗用車に驚き、急ブレーキをかけて避けたが、道路左側の縁石に衝突し一瞬、弾んだためハンドルにお腹部分をぶつけ反動で後頭部を打った。
  その数秒後、左腕が利かなくなり、しばらく走行した後、ガソリンスタンドに助けを求めた。ガソリンスタンドに到着したときは、自分で運転席から降りられない状態であったため、直ちに救急車で運ばれ、脳出血の診断を受け手術で、一命を取りとめたが左半身に麻痺が残り運転手として業務に従事することは困難な後遺障害が残った。
 福山さんは、いわゆる一人親方であり、ダンプ一台持ちの事業者であったが、全日自労関西ダンプ支部(現、全日本建設交通一般労働組合)の組合員であり労災保険の特別加入手続きをしていたため組合と相談の上、脳出血は交通事故が原因であるとして労災保険の請求を行った。
  しかし、茨木労働基準監督署長は、交通事故は認めたもののベテラン運転手にとって衝突に至っていない事故は、脳心疾患労災の認定基準にいうところの「発生状態を時間的場所的に明確にしうる異常な出来事に遭遇したこと」及び、「日常業務に比較して特に過重な業務に就労した」のいずれにもあたらないとして労災と認めなかった。
  弁護団は、監督署申請後に委任を受け、意見書を作成したが直後に労災保険の不支給決定が出された。ただちに労災保険審査官への審査請求を行ったが、棄却されたため、労災保険審査会に再審査請求を行い、その後審査会の決定を待たずに大阪地裁に取消を求めて提訴した。
  審査会は九七年、秋の口頭意見陳述を経て、九八年二月に棄却決定。大阪地裁第五民事部(松本裁判長)も九八年九月に請求棄却の判決を行った。本年(二〇〇〇年)六月二日、大阪高等裁判所第八民事部(鳥越建治裁判長)は一審判決を取消、労災の不支給決定を取り消す逆転判決を下した。
  この判決は、労基署長側が上告を断念し確定した。

二 本件の争点
  本件の相談を受けた際、弁護団の中には、交通事故が「異常な出来事」に当たらないはずはないから、労災認定されないはずがないという見方も強くあったが、監督署の判断を受けた後は、ダンプトラック労働の過重性も重視して合わせて主張した。
  争点は次のとおり、
 1 業務の過重性
 イ 日常業務の過重性
  原告の主張は次の通りであった。
  午前五時から午後六時にかけての業務は短距離の運転の繰り返しであるが一回の単価は低く、回数を稼ぐため休憩時間はとれない状態である。
  右労働は、八時間労働制の労働基準法違反であり特別加入の事業主でも労働基準法に準拠して過重性は判断すべきである。
  自動車運転労働における安全基準では四時間毎に三〇分以上の休憩を取ることが求められているが、原告は運転台でパンをかじりながら労働していたのであり、右安全基準にも反している。   また、発症直前に走行距離はずり捨て場の変更に伴って走行距離が長くなった。
  これに対して被告は、客観的な時間そのものは争わず、右程度では過重な業務とはいえないとした。
 ロ ダンプ運転の過重性    原告の主張は次の通りであった。   ダンプトラックは、過積載での運行が常態化しており、走行には危険が伴い高い緊張を伴うものである。福山氏も被災当時、少なくとも約一・七倍の過積載をしており危険で緊張な高い運転業務に従事していたため高度のストレスにさらされていた。   被告は常用である福山氏が無理な過積載をする必然性はなく、過積載はなかったと反論した。
 2 異常な出来事
  原告側主張は、福山氏は発症直前、左から割り込んできた乗用車を避けようとして驚愕し、これが脳出血発症の原因となった。
  被告の主張は、裁判になってから微妙に変わった。事故はあっても、ベテラン運転手である福山氏にとって、「近似事故」は脳出血に影響を与えるほどの事故とはいえないとの主張が初めの判断であった。
  しかし裁判になってからは、まず事故があったか否かに疑問を呈した。   さらに、仮にそのような事故があるとすれば後に述べるように、事故直前に脳出血を発症したことが事故の原因であり、事故の前に発症していると主張するに到った。
 3 福山氏の動脈硬化、高血圧症の程度   被告側主張は、「福山氏の事故後の診断結果を理由に、もともと動脈硬化が年齢に比して進んでおり、脳出血のリスクが見られたこと、したがって事故がなくても脳出血が発症したものであり、事故があったすれば、それは脳出血により左側視野が一瞬かけたことが原因であり、事故の原因と結果は逆である」というものであった。   原告はこれに対して次の主張をした。
  福山氏は、健康診断で血圧が少し高いとの診断を受けた程度で、特別の治療を促されたことはなく、高血圧の治療も受けず治療のための投薬なども受けていなかった。
  発症後のレントゲン写真では陳旧性の脳梗塞が見られ、動脈硬化もある程度、進んでいたことは事実のようであるが、直ちに脳出血を発症する程悪い病状ではなかった。
  事故直前に脳出血が偶然に発症しそれが原因となって半盲状態が出現し、それが事故の原因となったというような偶然があるとは考えられない。

三 裁判の経過
 1 第一審
  業務の客観的状況に殆ど、争いがない一審では、それぞれの医師一名ずつの証言と原告本人尋問、原告と同様、当時の工事に従事していた運転手の証言が行われた。
  原告側の佐藤医師は、札幌病院医師であったが、労働組合と協力して走行中の運転手の血圧上昇についての実証的データに基づいて、近似事故でも急激な血圧上昇(二〇〇程度までの上昇)があることを証言いただいた。また福山氏の動脈硬化はあるがただちに脳出血を起こすほどの程度でもなく、血圧の程度も軽症であることを立証した。
  これに対し、被告側の澤田医師の証言は、福山氏の病状が悪かったため発症したというものであったが、仮に事故があり、脳出血が先に発症していなければ、事故が血行力学的要因によって起こった可能性(要するに事故によって急激な血圧上昇がありそれが要因で脳血管が破れた可能性)を認めるものであった。しかし、出血が先にあり、その結果一瞬の視野欠損が生まれ、それが事故に繋がったという見るべきという見解を展開した。
  原告側がその見解があまりのも都合が良すぎると批判しよう反対尋問を試みようとしたが、「フィクションの基づく判断だから、その程度でいいでしょう」との裁判長の訴訟指揮に油断して、追求をしなかった。   ところが、一審判決は、右の医師の主張を全面的に採用し、福山氏の動脈硬化の状態が悪く脳出血が先に発症し、これが一瞬左視野欠損を生み出し、そのため左側から出てくる乗用車に気づくのが遅れたという主張をそのまま採用し、原告の請求を棄却した。
 2 高等裁判所
  弁護団は、右原審の予想外の判決にとまどった。
  高裁では、高血圧症の程度についての主張立証を重点的に追加した。
  福山氏の高血圧の程度は、東大三内科高血圧症重症度分類などに照らしても、せいぜい第一段階であり、程度はひどい状態ではなかった。
  さらに、一審では過積載の事実も認定しなかったため、当時の車の写真や実際に土砂を積んで重量を量った証拠を追加し、さらに九三年当時、過積載がなくならない要因として二次、三次下請けの運賃を買いたたく建設工事現場の問題点を指摘したNHKの特集番組のビデオを証拠として提出した。右ビデオには過積載のため少しハンドルを切っただけで横転するダンプの実験映像などショッキングの映像もあったため、過積載ダンプトラックの運転の危険性も合わせて強調し、近似事故が以下に精神的ショックが大きいかも強調した。
  原告側で、さらに脳外科の専門医で、かつ臨床医である山口健一郎医師を証人として採用することを強く求め、臨床的な経験も踏まえ、一旦生じた視野欠損がその後、回復するという一審の判断が以下に珍妙な判断であるかも強調し、さらに福山氏程度の高血圧症は臨床的にはざらに存在すること、この程度で脳出血が発症する危険が高くないこと等の立証を補充した。
    高等裁判所では右医師の証人尋問のみで人証は終了した。
 こうして、ようやく事故による驚愕によって脳出血が起こったという常識的な判断を高等裁判所で導くことが出来た。

四 まとめ
  高等裁判所の判決までは、内心はひやひやであった。労基署段階から事故がおこれはベテラン運転手でもびっくりするし、それが血圧上昇に繋がることは明らかであると考えていたが、行政は「突発的で異常な出来事」の基準の運用をきわめて限定的に使用し、一審は特異な見解でそれを正す機会を奪ってしまった。
  一審の裁判では、事故があれば血圧上昇が見られ、それが原因となりうることまでは被告側医師も認めたため、高裁では、脳出血が先か事故が先かというきわめて特異な争点に絞られた。弁護側の油断がなければ、一審でも勝利が勝ち取れたかも知れない。高裁段階で補充が思った以上に必要だったことからも、そういえるかもしれない。専門家証人の裁判所の与える影響は軽視してはいけないということを痛感する。   時間はかかったものの本件の判決の意義は大きいと考える。
  行政は、脳出血が労災の適用を受けるか否かについての行政の基準である「突発的で異常な出来事」の運用をきわめて狭くしてきた。
  たとえば「異常な出来事」というのは大火事や大地震、化学工場での大爆発など、文字通り滅多にない異常な事態に限定していたといえる。
  しかし、運転中におこる「近似事故」も「異常な出来事」であり脳出血の原因となりうると認定が高等裁判所で確定したことは、今後の行政の運用の狭い枠を正したという点で活用できる意義のある判決である。
  弁護団は、小林徹也、武田純、村田浩治の三名である。過労死事件は未経験という者が多かったが、高等裁判所での医学立証では小林、武田弁護士のねばり強い議論と緻密な立証活動があったことを特に記しておく。

(「民主法律」 No.243より転載)

2000/06/01