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過労自殺の労災認定へ向けての事実調査の進め方

 職場の営業課長が、仕事のノルマを達成できずに社長から叱責されたことを苦にして自殺しました。労災認定に取り組むにあたっては事実の調査をどのように進めたらよいでしょうか。

 請求書類を労基署に提出してその判断を仰ぐという待ちの姿勢ではなく、提出する前に事前調査を徹底して行い、これだけの事実が明らかな以上、業務上として判断すべきと請求当初から求めることが肝要です。判断指針に従って次のような調査を進めましょう。

◆対象疾病に該当する精神障害を発病していたか

 判断指針では、精神障害の発病なしの自殺は原則として覚悟の自殺として業務上にされません。つまり、精神障害を発病していたことの立証が業務上と判断される前提になります。
 自殺前に医師の診断を受けていたら、主治医と直接面談してその診断名(診断書に記載された診断名は勤務のことを配慮して正確でないときもあります)、発病時期、症状を聞くことが必要です。
 対象疾病であったかどうかだけでなく、被災者がどのような職場あるいは個人的な出来事で悩んでいた(心理的負荷)かも詳細に聞いておきましょう。
 受診していないときは、職場の上司、同僚、取引先、遺族等から状況を聴取してICD―一〇の診断ガイドラインの診断基準を満たす事実があったかについて調査します。
 たとえば、「抑うつ気分・興味と喜びの喪失・易疲労感」のうち少なくとも二つ、並びに「集中力と注意力の減退・自己評価と自信の低下・罪責感と無価値感・将来に対する希望のない悲観的見方・自傷あるいは自殺の観念や行為・睡眠障害・食欲不振」のうち少なくとも二つあれば軽症うつ病、前者のうち少なくとも二つ、後者のうち少なくとも三つ(四つが望ましい)があれば中等うつ病と判定されることになります。この調査にあたっては精神科医の協力が必要でしょう。
 いわゆる内因性の精神分裂症も対象疾病に含まれますが、個体側要因の評価のところで認定にとっては不利に扱われることに留意してください。

◆業務による心理的負荷についての調査

 発病前おおむね六カ月間の出来事を中心に調査をします。しかし六カ月に拘泥せず、それ以前の出来事の調査もしておきましょう。
 営業課長に課されていたノルマの内容(ノルマの内容、困難性、強制性、達成率の程度、ペナルティの有無、納期の変更可能性等)について調べるとともに、それが同人にどれだけの心理的負荷になっていたかについて、同人の自殺以前の言動も調べます。認定を得るための調査の最も重要なポイントです。
 「ノルマが達成できなかった」という出来事は評価表によれば平均的強度は「Ⅱ」になります。しかし、営業課長としてのノルマであり、その責任は重く、社長からも叱責されるほどの重要なものであれば「心理的負荷の強度を修正する視点」によって「Ⅱ」から「Ⅲ」に強度がランクアップされる可能性があります。
 ノルマ競争のためのグラフ、営業部のニュース、従来のノルマとの比較等についての文書とともに、顧客にあたって営業課長の実際の仕事ぶりについても調査しましょう。
 また「ノルマが達成できなかった」こと以外にも「顧客とのトラブルがあった」「左遷された」等の他の出来事がなかったかについても調べてください。その事実があればこれら複数の出来事が総合的に判断されます。
 次に恒常的な長時間労働が行われていたり、ノルマを達成できなかったことにより、その後の残業時間が増えていれば「出来事に伴う変化」が「相当程度過重」と判断され、総合評価が「強」になります。
 したがってノルマを達成できなかったことにより被災者の仕事にどのような過重性が増したか、また営業課員を増員するなど支援する体制ができたかどうかを調べてください。社長が叱責したことは上司による支援がなく、心理的負荷を拡大させた事実です。

◆業務以外の心理的負荷・個体側要因の調整

 職場以外の家庭的・個人的な心理的負荷を抱えていたか、精神障害の既往、社会適応状況等についての調査です。
 主に遺族からの聴取調査になります。通常の社会人として生活をし、職場でも営業課長としての重任をこなしていたのでしょうから、この点で業務外とされることはないでしょう。

◆自殺に至った経緯と遺書の調査

 自殺念慮が出現する蓋然性の高い精神障害を発症していたことが証明されれば、原則として自殺には業務起因性が認められます。したがって、かつてのように自殺時に心神喪失になっていたとの証明は不要です。
 ただし、判断指針は業務による心理的負荷による精神障害は六カ月から一年程度の治療で治癒するとしていますので、出来事からこの期間を超えての自殺については精神障害によるものと判断されないこともあることに注意してください。
 遺書については、精神障害に発病していることが証明されていれば業務上の支障にならないことが多く、かえってその内容によっては業務上の心理的負荷の証明になることがありますから、その存否・内容も調査しましょう。

2011/10/01