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過労自殺の判断指針による評価基準

 心理的負荷による精神障害の業務上外の判断にあたって、判断指針では当該精神障害の発病に関与したと認められる業務による心理的負荷の評価に際して、どのような基準で判断しますか。裁判において判断指針と異なる基準で判断されることはありますか。

◆判断指針の判断基準

 判断指針では、「客観的に精神障害を発病させるおそれのある程度の心理的負荷」とは、別表一の総合評価が「強」と認められる程度の心理的負荷であるとし、「強」と認められる程度の心理的負荷とは、①別表一の(2)の欄に基づき修正された心理的負荷の強度が「Ⅲ」と評価され、かつ、別表一の(3)の欄による評価が相当程度過重であると認められるとき、②別表一の(2)の欄に基づき修正された心理的負荷の強度が「Ⅱ」と評価され、かつ、別表一の(3)の欄による評価が特に過重であると認められるとき、とされています。
 そして、「相当程度過重」とは同種の労働者と比較して業務内容が困難で、業務量が過大である等が認められる状態をいい、「特に過重」とは、同種の労働者と比較して業務内容が困難であり、恒常的な長時間労働が認められ、かつ、過大な責任の発生、支援・協力の欠如等、特に困難な状況が認められる状態と定義されています。
 このように判断指針は同種の労働者を基準に判断します。

◆判断指針と異なる基準で判断した裁判例

 これに対し、自動車会社に勤務する被災者が、恒常的な時間外労働、残業規制による過密労働、組合の職場委員長への就任、開発プロジェクトの作業日程調整および出張命令等によって精神的・肉体的負担を受けた結果、うつ病を発症し自殺した事案において次の基準で判断すべきとする裁判例があります(名古屋地判平成13年6月18日労働判例814号64頁)。
 この裁判例によれば、「企業に雇用される労働者の性格傾向が多様なものであることはいうまでもないところ、前記被災労働者の損害を補填するとともに、被災労働者及びその遺族の生活を保障するとの労災補償制度の趣旨に鑑みれば、同種労働者(職種、職場における地位や年齢、経験等が類似する者で、業務の軽減措置を受けることなく日常業務を遂行できる健康状態にある者)の中でその性格傾向が最も脆弱である者(ただし、同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲の者)を基準」とし、判断指針の見解を採用しませんでした。
 この裁判例はさらに「同種労働者の中でその性格傾向が最も脆弱であるものを基準とするということは、被災労働者の性格傾向が同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、当該被災労働者を基準として、当該業務に、『社会通念上、当該精神疾患を発症させる一定程度以上の危険性』があったか否かを判断すればよいことになる」としています。そのうえで発症するまでの被災者の生活史を通じて社会適応状況、勤務状況等から、被災者の性格傾向は、同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲を外れるものではないとして、被災者を基準として被災者が従事していた業務がうつ病を発症させる危険性があったかどうかを判断し、業務とうつ病の発症との間の相当因果関係を肯定しました。

 この裁判例の事案においては、被災者の労働時間数等と同僚の労働時間数等とを比較すると被災者の労働時間数等が同僚のそれより格段には多くはありませんでした。むしろ同僚のほうが多い場合もあったので、判断指針の基準によれば、被災者の勤務状況が他の労働者と比較して平均を大きく逸脱しておらず、特に過重なものと認められず、被災者の心理面での脆弱性がうつ病発症に主な役割を果たしたと判断されやすい事案であったと考えられます。
 判断指針によれば、この裁判例の事案のように被災者およびその同種労働者が過重な業務に従事していても、被災者以外の同種労働者に過重な業務による心理的負荷によって精神障害が発病しない段階で、たまたま被災者に精神障害が発病した場合には、容易に被災者の脆弱性によるものであると判断され、業務外の認定がされるのではないかとの疑問がありました。しかし、この裁判例の基準によれば、精神障害が発病するまで当該被災者が日常業務を支障なく遂行し社会適応状況等に特に問題がなければ、当該被災者を基準に業務による心理的負の過重性を判断することとなり(ただし、あくまで同じような性格傾向を持つ労働者にとっても過重かどうかという客観的判断)、判断指針の基準より広く心理的負荷の評価がなされることになると考えられます。

 なお、脳疾患の業務上外の判断ではありますが、脳動脈瘤という基礎疾病を抱える看護師が勤務中にくも膜下出血を発症し公務災害の認定を求め、公務外の災害認定処分がされ、前記処分の取消を求めた事案において、公務の負荷を判断する際には、何らかの基礎疾病を有しつつ、職務に従事している者が多いことを根拠に、まったく基礎疾病を有しない者を基準にして判定を行うのは相当ではないとし、他方、地方公務員災害補償制度の趣旨を根拠に、基礎疾病を有する当該職員を基準とするのは相当ではないとしたうえ、「基礎疾病を有しつつも勤務の軽減を要せず、通常の勤務に就きうる者」を基準に判定すべきとするとともに、他の業種と比較して、当該公務自体に強度の負荷が存すると認められる場合において、同僚と比較すればこれがないとすることは公平を欠く」こと等から「同僚との比較を過大視することは相当でない」とした裁判例(津地判平成12年8月17日労働判例800号69頁)があります。

2011/10/01