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<労災保険>総合規制改革会議の民営化案に厚労省など反発 【毎日新聞】

 政府の総合規制改革会議(議長・宮内義彦オリックス会長)は、重点検討事項に加えて論議を進めてきた労働災害補償保険(労災保険)の民営化について月内にも答申を出す予定だ。労災認定と監督行政を一体として行ってきた厚生労働省は「生身の人間を扱う労災保険は経済の規制緩和とは違う」と民営化に反発している。長時間労働が社会問題となり、過労死などの労災認定が急増する中、民営化による労働者保護の後退を危惧(きぐ)する声が労働団体などからも上がっている。【東海林智】

 総合規制改革会議が打ち出した改革の方向性は(1)労災保険の民営化(2)(保険料を納入しない)未届事業所の一掃(3)業種リスクに応じた適正な保険料率の設定(4)労働福祉事業の原則廃止の4点で、柱になるのが民営化だ。

 同会議は民営化が必要な理由として、労働保険法で原則加入が義務付けられている労災保険に加入している事業所269万2000件に対し、未加入の事業所が59万8000件(01年厚労省推計)あり、現行制度が使用者のモラルハザード(倫理欠如)を助長していることを挙げる。さらに(1)製造業などに比べ事務などの保険料率が高すぎるなど、料率が業種別リスクを反映していない(2)労災保険の収支が01年度で2687億円の黒字になっている――などを指摘している。

 同会議は「労災保険は民間の自賠責保険と多くの共通点があり、使用者の強制加入の原則と保険者の引き受け義務を維持しつつ、民間保険会社に運営を委ねる方式が可能だ」と提案している。民営化による企業間の競争で、保険料率の値下げや業種ごとに異なるリスクに基づいた保険料の算定が行われると指摘している。

 厚労省の大塚義治事務次官は11月27日の定例会見で、「労災保険には労働者保護という理念がある。単純に自賠責の方向が取れないかというだけでは労働者保護に欠ける恐れがあり、賛成し難い」と批判した。

 同省は(1)未加入、未納事業者が増大し、労働者が補償を受けられないケースが増える(2)営利目的の民間保険会社が自ら労災認定を行うことになり、公正、的確な認定は困難(3)経営破たんのリスクがあり、制度への信頼感が欠如する――などを反対の理由に挙げる。

 自賠責保険には車検制度と対にして加入を担保する仕組みがある。だが労災保険には加入を担保する仕組みがなく、製造業などリスクが高い事業は保険料率が引き上げられ、民間保険会社、事業者の双方が加入をためらうケースが予想される。

 規制改革会議は未加入の多さを民営化の理由に挙げるが、ペーパー会社や倉庫なども事業所に数えられているため、現実にはすべてをカバーするのは難しい。また、未加入事業所で労災が発生した場合でも、現行では使用者から保険料や保険給付額の一部を徴収し補償しているが、民営化されればそれもできなくなる。

 同省は、監督行政との一体化の意義も強調する。労働基準監督署の監督官は「労災が発生したらすぐに現場に入り、原因を調べ改善を促す。同じ役割が民間で素早くできるのか。事業者は労災を隠しがちで、スピード勝負になる」と指摘する。労災死亡者数は、ピーク時の61年には6712人だったが、安全指導などで01年には1790人にまで減少した。保険業務は民間、監督・指導は厚労省と分離されれば「労働者保護の後退につながる」と警戒する。

 突如浮上した民営化論に、同省幹部は「保険の黒字額に目を付けたのだろう」と推測したうえで、「黒字は遺族補償など後年度負担のための積み立てで、もうかっているという話ではない。国の責任でやる仕事だ」と補足した。

 使用者、労働者委員などで構成する厚労省の審議会「労災保険部会」(会長・保原喜志夫北大名誉教授)でもこの問題が取り上げられた。労働者側だけでなく、使用者側からも「民営化が先行し、具体的なスキーム(枠組み)も示されていない。認定は公平か、破たんはどうかなど不安が多く、結論を急ぐべきではない」(久保国興委員)と批判の声が上がった。

 同部会は「民営化という結論を性急に出すことには反対だ」とする意見書を坂口力厚労相に提出し、総合規制改革会議の姿勢にクギを刺した。元労基署長の井上浩さんも「改革会議は自由競争は善だと言うが、命や職場を奪う過当競争は悪い競争ではないか」と疑問を投げかける。

 労働組合も反発を強めている。規制改革に積極的で労組のトップとしては「異色」の鈴木勝利・金属労協議長は「私は改革論者だが、やってはならない事がある。労災保険は営利目的で民営化する性格のものではなく、絶対反対だ」と断じる。

 「反民営化」を主張する厚労省などの反対陣営に対し、規制改革会議専門委員の稲葉清毅・群馬大名誉教授は同省との公開討論(11月10日)で「(反対は)『官から民へ』との首相方針にも反する。市場原理に任せるべきで、癒着構造があるから厚労省は労働福祉事業を守ろうとしているのではないか」と批判した。

 月内にも出される答申。労災保険を巡る両者の攻防は、最終段階を迎える。(毎日新聞)
[12月7日3時10分更新]

2003/12/07