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山田製作所過労自殺事件(平成19年10月25日福岡高裁判決をふまえて)と労働組合の役割について 弁護士 波多野進(民主法律272号・2008年2月)

弁護士 波多野進

1 事案の概要と経過
 本件自殺(平成14年5月14日)は、株式会社山田製作所(以下「山田製作所」という。)が取引先から受注したリアーパネルの生産台数が過去最高数となったことに伴い、時間外休日労働が急増したこと、生産において様々なトラブルが生じその対応に追われたこと、平成13年4月1日から実施された外観品質不良特別展開によって、3月31日までは合格レベルの品物が数多く不合格となったため、それに対処するため被災者に肉体的精神的負荷がかかったこと、被災者が同年4月1日に一件不具合撲滅展開の実施と同時にリーダーに昇進したこと、会社の上司から異常とも言える叱責を受け続けていたこと等から心身共に疲労困憊したことによって引き起こされた業務に起因する災害であるとして、平成16年3月19日、菊池労働基準監督署長が労働災害であることの認定を行った。
 その後、被災者遺族ら(以下「原告ら」という。)が熊本地方裁判所に平成16年8月に提訴し、平成19年1月17日に熊本地裁判決がなされた。山田製作所が福岡高等裁判所に控訴したため、原告らも附帯控訴(熊本地裁判決が遅延損害金の起算日が不法行為時(本件自殺した日)であるとの主張をしていたにもかかわらず、その判断を全く行わず、債務不履行責任のみ判断し損害金の起算日が訴状送達の翌日と判断するという誤りがあったことについて)し、福岡高等裁判所が平成19年10月25日、判決を下した(現在、被告山田製作所が上告したため、上告審が係属中)。

2 熊本地裁判決の争点
 争点は①業務の過重性と②安全配慮義務違反の有無(予見可能性の有無)であったが、労災認定がおこなわれたこともあって、②が中心となった。

3 熊本判決の意義
 (1) 業務上の決定=過重性を強く推定
  熊本地裁判決は、労災認定していることによって業務と発症との間に因果関係が「強く推定」されると明言している。熊本地裁判決は、ハードルの高い過労自殺についての労災認定がなされた意味を重く見ており、妥当であろう。
 (2) 長時間労働と叱責(モラルハラスメント)の適正な評価
  3か月に亘って90時間弱から100時間を超える長時間労働の負荷と判断した。長時間労働についてはタイムカードがあったことから、長時間労働の立証は比較的容易であった。
  長時間労働と労災の行政基準である判断指針の関係や長時間労働が「ストレス対処能力」を低下させることや嫌がらせ(モラルハラスメント)の負荷が高くうつ病発症との医学的知見を前提にに上司からの叱責も発症に寄与したと認定した。
  弁護団は、当初、被災者の妻の言い分は正しいと確信していたが、証拠に残りにくい叱責行為を立証するのは困難と考えていた。
  しかし、労基署段階の会社関係者の聴取書から叱責の事実が明らかになったことと、山田製作所を退職した従業員で被災者と同じような叱責などの嫌がらせを受けていたものを発見し証人尋問を行えたこと、そして、何よりその現場に原告の妻が居合わせたことがあったことから、上司の叱責について立証ができた。
  過労死や過労自殺事件において、間近にいた妻や両親や子どもの直感が正しいことが多いが、本件でもそのとおりであった。
 (3) 過重業務に従事させていることの認識と予見可能性の関係
  安全配慮義務電通事件の判示内容を前提に被告が健康悪化を予見できなかったとの主張に対し、「使用者側が労働者の健康状態の悪化を認識していない場合、これに気づかなかったから予見できないとは直ちにいえないのであって、死亡についての業務起因性が認められる以上、労働者の健康状態の悪化を認識していたか、あるいは、それを認識していなかったとしても、その健康状態の悪化を容易に認識し得たような場合には、結果の予見可能性が認められる」との規範を定立し、連続して100時間を超える時間外労働、リーダー昇格、支援体制の欠如といった使用者が当然把握している「勤務状態」から容易に認識できたと認定した。
  つまり、業務量や業務内容の認識から健康状態の悪化は容易に認識できるという判断
をしたと考えられ、これは原告が予見可能性の対象は「業務量・業務時間・業務内容」でありこれが電通事件の判示内容であるということ主張立証に沿ったものである。
 (4) 過失相殺なし
  熊本地裁判決は、被災者の素因等を理由に過失相殺の規定を類推適用することはなかった。被告はそもそも過失相殺の主張をしていなかったが、職権で判断したうえその適用を否定した。

4 平成19年10月25日・福岡高裁判決の内容・意義

 (1) 過重性の判断
  時間外労働(100時間を超える時間外労働3か月)、業務自体の過重性(納期、コンベア労働)、リーダー業務、品質管理基準の変化に伴う対応、上司からの叱責等の出来事を個別にかつ詳細に検討しそれ自体の過重性を検討しつつ最終的には「総合的に」評価して、過重性を認めている。熊本地裁判決を承継しつつ詳細な認定がなされ妥当である。
  特に時間外労働については委託研究の60時間を超えるとライフイベントの合計点数が高くなるとの研究との比較や36協定の特別条項による延長時間との比較をしながら過重性を認定する手法をとっている。
  対策書作成(トラブルの場合に作成を義務づけられている)の負荷についても、単なる枚数だけでなく、当日か翌日に作成が義務づけられていたり、リーダとして部下の対策書作成にも関与することなどを丁寧に拾っている。
  リーダー昇格についても当時の状況(品質基準の変更と重なった事情)をふまえて具体的に認定している。
 (2) 予見可能性
  福岡高裁判決は、電通最高裁判決に沿いながら、熊本地裁判決を更に押し進めて具体的に判示している。
  使用者は、上記(心身の変調)のような結果を生む原因となる危険な状態の発生自体を回避する必要があるとしたうえ、現実に(健康状態の変化)を認識していなかったとしても就労環境等に照らし、悪化するおそれがあると容易に認識し得たという場合には予見可能性ありとする判断である。当方が主張していた最高裁判例の内容に沿っているように思われる。
  予見の対象は、結果を生むという危険な状態であり、それは長時間労働などの過重業務を認識し認識し得たのであれば、「労働者の健康状態が悪化するおそれ」があることを容易に認識し得た場合には結果の予見可能性を認めるという立場である。
  結局のところ、本件の場合、使用者は、長時間労働、リーダー昇進、ライン労働等すべての過重要因について全て認識しているので(福岡高裁判決も使用者がかかる事項を認識していたことをはっきり認定したうえでの判断)、予見の対象は使用者である山田製作所が主張してきた「心身の変調」ではなく、「過重業務」であると評価していいと考えられる。
 (3) 過失相殺
  過失相殺について、山田製作所は控訴審になって初めて具体的に主張をし始めたが、福岡高裁判決は再度明確に過失相殺を否定した。
  福岡高裁判決は、変調が表面化してから自殺へ至るまでの経過は急進的(この点は使用者側が予見可能性を否定する根拠にしていたが、福岡高裁判決は過失相殺の対象とならない根拠に使っている。)で本人や家族にとっても専門医の診療を受けるなどの行動をとることは容易でないこと、当時の就労状況からすれば、訴えの有無を問わず使用者が労働時間の抑制などの適切な措置を執るべきであるから、被災者側に過失を認めることはできないとした。
  福岡高裁判決のうつ病の経過についての判断は、うつ病などの精神疾患が急速に表れることがあるとの医学上の知見に沿っており、妥当な判断である。
  山田製作所事件に限らず、過労自殺の民事賠償事件において、過重労働を放置しておきながら、使用者側が一般的に家族が気付かなかったのに使用者が気付くはずがないとか、本人や家族の訴えがないのに対応できないといった弁解をして、予見可能性がないとして責任を逃れようとしたり、過失相殺の主張をして賠償額の減額を試みようとする。
  しかし、福岡高裁判決は、過重労働が存在する場合には、使用者側のかかる弁解は許さない内容と考えられる。
 (4) 遅延損害金の起算日(不法行為責任の認定)
  福岡高裁判決は、熊本地裁判決が脱漏していた不法行為責任を認定し、不法行為時である本件自殺日を遅延損害金の起算日とし、被災者側の主張を認めた。
 (5) 総括
  福岡高裁判決は、電通過労自殺最高裁判決の趣旨を正当にふまえた判決で、その意味で当然のことを述べた判決というべきである。
  電通過労自殺最高裁判決の予見の対象は「業務量」等の過重労働であるところ、福岡高裁判決も過重労働について詳細に検討したうえ、電通事件と同じ枠組みで予見可能性の判断するとともにを事案に沿って具体的に判断し予見可能性の対象について明確に判断した。また、福岡高裁判決は、過重労働が認定される事案においては被災者に素因上の問題がない限り、過失相殺を行わないことを高裁段階ではっきり明言した最初の判決である。
  過重労働が認められる過労自殺事件で過失相殺を行わないことを判断した高裁判決がこれまでなかった理由は、過重労働が認められる事件は、そもそも裁判に至らず訴訟外の和解で解決することが多いこと、たとえ地裁の判決にまでに至ってもその後高裁判決の前に和解(過失相殺なしの)に至ることが多いことにあると考えられる。
  なお、高裁段階で過失相殺を認めた判決がいくつかあることは事実であるが、それらは当該高裁判決が認定した事実によれば、「過重労働」に疑問があったり、被災者の素因があるものであるから、そのことをもって、過重労働が認められる過労自殺事件の場合に、過失相殺が認められるべきであるとの先例にはならない。

5 組合の役割について
 山田製作所の労働組合が果たした役割は皆無であり、その存在意義を疑われても仕方ないであろう。本件では、山田製作所(労働組合ではない)がタイムカード上の残業時間(現実の残業時間)と申告上の残業時間の差があることの分析、つまり、未払残業が存在することの分析まで行っていたが、山田製作所の労働組合がそれを是正させたという話は今のところ聞いたことがない(少なくとも山田製作所が原告らに未払残業代を支払った事実はない。)。
 過重労働の防止、未払残業(違法残業・サービス残業)の防止については、労働組合が機能し、使用者と対等な立場で団体交渉を行うのであれば、実現できる問題である。
 労働者が個々に戦っても、過重労働の現状・未払残業などの無法状態を是正するのは極めて困難であることを認識し、まず労働者が多数で団結しそのうえで使用者側にこれらを是正させることが必要である。
 しかし、我が国における企業内組合等の御用組合の惨状に照らすと、山田製作所のような労使関係はむしろ通常で、残念ながら、過労死・過労自殺は終わることなく続き、ようやく被災者遺族が事後的とはいえ戦いを起こしたとしても、幸運な事例を除いて、本来支援すべき労働組合の支援のないまま遺族個別の戦いに終始せざるを得ない現状が変わることはない。
  (弁護団 松丸正弁護士、中島宏治弁護士、波多野進)

(民主法律272号・2008年2月)

2008/02/01