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夫の過労死の労災申請の相談に来た遺族への暴言に国家賠償命令 ─新宮労基署職員暴言国家賠償請求事件(上田国賠事件)─(和歌山地裁平成17年9月20日判決〔確定〕) 弁護士 岩城 穣(民主法律265号・2006年2月)

弁護士 岩城 穣

第1 事案の概要
(1) 上田裕子さんの夫、善顯さん(当時59歳)は、和歌山県の勝浦にあるホテルで料理長を長年務めていたが、経費と人員の削減のなかで超長時間・過密労働が続き、2000年3月、ホテルの役員会の会議の席上、突然クモ膜下出血を発症して倒れた。
 意識が戻らず、半ば植物人間になった善顯さんを必死で看病しながら、裕子さんは労働災害の申請を思い立ち、同年7月、新宮労基署を訪れた。
(2) しかし、そこで担当者のNから浴びせかけられた言葉は、信じられないものであった。
 「労災申請は、会社を通じてしかできません。」
 「仮に会社を通じて申請してもらってもダメです。まず労災は下りません。自宅で行っていた献立の作成は、業務ではありません。後払いや手当など、会社から基本給以外に少しでもお金をもらっていたら、時間外手当をもらっていたことになります。」
 「奥さんが知らないだけで、朝、ご主人は奥さんに会社に行くと嘘をついて、どこか別のところへ(小指を立てながら)行っていたのかもしれませんよ。」
 「奥さん、女だてらによく一人で来たな。あんたらみたいな人が来ると僕らの仕事が余計忙しくなってくるんや。もうこんといて。」
 この日を境に、裕子さんは食欲不振、嘔吐、不眠が始まり、極端な人間不信、対人恐怖症になった。電話に出られず、玄関のブザーまで外した。
 ある良心的な社労士の協力を得て労災申請はかろうじて行ったが、事情聴取で労基署に呼ばれて行くと、震えが止まらず、椅子から崩れ落ち、声も出なかった。
 2001年4月、医師に相談すると、「うつ病」と診断され、現在も通院中である。
(3) このようにして行った労災申請に対しては、2001年12月12日、発症前6か月間の蓄積疲労を評価する現在の新認定基準が制定されたこともあって、2002年11月26日、業務上の認定がなされたが、その約5か月前の同年7月2日、善顯さんは帰らぬ人となっていた。
 善顯さんの死亡後、裕子さんは会社に対する民事訴訟をしたいと本格的に考えるようになり、2003年3月3日、会社と社長・常務を被告とする民事訴訟を和歌山地裁に提訴した。
(4) この民事訴訟に加えて、さらに国とN課長を被告とする国家賠償請求訴訟を起こすことについては、当時も通院中であった裕子さんが、N課長とも法廷で対峙することになるこのような訴訟に耐えきれるのかが心配であった。実際、当時の裕子さんの主治医は、裁判は症状をさらに悪化させる可能性が高いので、裁判はやめた方がよいとの意見であった。また、裁判の内容はいわば密室の中でのやり取りを問題にするもので、まして国を被告とする裁判であり、決して容易ではないことは明白であった。
 しかし、裕子さんの当時の詳細な日記があり、記憶も鮮明で、何よりも現に問題の暴言の後に、裕子さんはうつ病を発症して現在も通院している。これだけはっきりしている事案で裁判を起こさないなら、いったいどんな事案なら起こすというのか。それに、程度の差こそあれ、同じような扱いを労基署で受けている遺族はたくさんいるし、これからもいるだろう。そんな対応を許さないためにも、裁判をやろう。裕子さんの病状との関係でいえば、むしろ裁判を通じて積極的にN課長に対する恐怖心を乗り越えていく方がよいのではないか。弁護団と裕子さんは、そのような議論と判断を経て、あえて国賠訴訟の提起を選択したのである。
 請求の趣旨は、「被告ら(注、国とN)は原告に対し、連帯して金581万1040円及びこれに対する平成12年7月31日から支払済みまで、年5分の割合による金員を支払え。」というもので、請求金額の内訳は、①治療費等28万1040円、②慰謝料500万円、③弁護士費用53万円であった。

第2 訴訟の争点と双方の主張立証活動
 国とN課長には、別々の代理人が就き、予想どおり全面的に争ってきた。
 訴訟の主な争点は、①窓口における原告に対するNの説明ないし言辞の違法性、②Nの説明及び言辞と原告のうつ病との相当因果関係、の2点であった(他の争点として、③公務員であるN個人に対する損害賠償請求の可否、及び④損害論があった。)。

1 争点①(Nの言動の違法性)について
(1) これについての原告側の最大の証拠は、裕子さんが善顯さんの入院後、日々の看護・介護の状況を詳細に書き留めていた2冊のノートであり、原告の主張は、基本的にこのノートに基づいて行った。
(2) しかし、提訴後、予想していなかった2つの展開があった。1つは、原告の相談当日Nとその部下のSが作成した「脳・心疾患等相談記録」が乙号証として提出されたことである。そこには、原告が、善顯の仕事の内容やその過重性について、詳細に訴えていた内容が記載されながら、結論として「説明は理解され請求はされない見込みである」と記載されていた。これは、国やNを追及する大きな武器となった。
 もう1つは、国は答弁書や準備書面の中で「被告Nが労災の認定について否定的的な言動をした」ことを認め、また被告Nが陳述書の中で、意外に正直(?)に、原告とのやり取りを認めたことである。例えば、①発症前日、前々日は確か休みであったと聞いたので、認定基準からみて難しいですねと説明した、②発症当日の会議中に口論があったとのことだが、「それだけでは異常な出来事には該当するとは言いにくいですね」と説明した、③新しい常務が来てから、経費を切り詰めよとか新しいメニューを作れとか言われ、夫は体調を崩し悩んでいたと話していた。そのため、職場ではできない仕事を自宅に持ち帰り、夜遅くまで献立表の作成を行っていたとも聞いた。私は、自宅での献立表については、会社の命令で行っていたかどうかわからない状況では、労働時間とは断定できないですね、と説明した、④「朝早く家を出て夜遅く帰宅すると話したので、「朝早く出かけたといっても、会社で事実関係をきちっと調査しないとわからないですね」と説明し、帰宅時間についても「毎日が仕事で遅くなっているかどうかはわからないですね。途中どこかに立ち寄っている場合もあるかもしれません」と説明した、といった具合である。
 もっとも、Nは、「小指を立てて女のところに行ってるかもしれないというような不穏当極まりない発言は断じてしていない」「相談内容からみて認定は難しいと思われる旨の説明はしたが、個人では請求できないとか、会社が請求することだというような事実に反する発言も断じてしていない」「奥さん女だてらによく一人で来たなとか、あんたらみたいな人が来ると僕らの仕事が余計忙しくなるんや。もうこんといてというような発言も断じてしていない」などと、余りに酷い言動については頑に否定した。
(3) 人証調べは、被告N本人、証人S(Nの部下の補償主任)、原告本人に対する尋問が行われたが、原告側は、前述の被告らの準備書面や陳述書を活用して、終始攻勢的に行うことができた。
 裕子さんは、Nの目の前で証言することに大変な緊張と不安を感じていた様子だったが、いざ証言台に立つと、予想以上に堂々と証言を行った。

2 争点②(Nの言動と原告のうつ病発症との相当因果関係)について
(1) 原告側は、裕子さんは本件相談までは、善顯の付添看護を続ける一方で、会社の課長に労災申請を依頼したり、社会保険労務士と連絡を取って労災申請手続をしようとするなど、うつ症状を生じていなかったが、本件相談直後から食欲不振、嘔吐、不眠、対人恐怖などの症状が表われたのであり、これはNの言動によってうつ病を発症したものであると主張した。

(2) これに対し被告らは、「知らない若しくは争う」と答弁したのみで、病名やその発症原因について積極的に主張してこなかった。
 ところが、平成17年3月8日の結審の数日前になって、突如国は、大阪労災病院精神科・神経科部長の行田建医師の意見書(乙10号証)を提出し、それに基づく次のような内容の準備書面を提出してきた。
 すなわち、①原告は、善顯がクモ膜下出血で倒れて入院して以降、連日病院に泊り込んで同人の看病をするなど、非常にストレスの強い状況下にあり、これは混合性不安抑うつ障害を呈していたもので、原告は本件相談以前に既にうつ病等を発症していた可能性がある、②原告は本件言動後の平成12年10月10日から約1か月かけて、善顯の仕事先や友人等の話を聞いて労災請求の申立書を作成しており、本件相談後に極度の対人恐怖状態にあったものではない、③原告が不眠、吐き気、食欲不振などで医師を受診したのは、本件相談後半年以上経過した平成13年2月に至ってであり、体調変化といっても原告自身病気と気付かない程度のものであって、仮にNの相談対応に違法性があったとしても、それと原告のうつ病の発症との間には相当因果関係はない、と主張するに至ったのである。

(3) これに対し、我々は「時機に遅れた攻撃防御方法」として却下を求めるとともに、それが認められない場合は、原告側は反論と反証を行いたいので結審を延期されたい旨、裁判所に強く求めた。
 裁判所は国の新主張と行田意見書の提出を許しつつ、この点につき原告側に主張立証の機会を与えると述べ、結審を5月27日に延期した。そこで我々は、急きょ耳原総合病院精神科の東﨑栄一医師にお願いして、作成していただいた意見書(甲27号証)を5月7日付で提出し、5月20日付で補充の最終準備書面も提出した。
 東﨑医師の意見書と我々の準備書面の要点は、①行田医師の記述からは、混合性不安抑うつ障害ではなく適応障害と診断すべきであって、行田医師の診断名そのものが誤っている、②不安障害の症状はうつ病と併存するものである、③国は準備書面で、原告がうつ病を発症していることは認めているのに、行田医師は「うつ病エピソードというより、混合性不安抑うつ障害」であるとしており、両者の主張は明らかに矛盾している、ということであった。
(4) ところが、国は不当にも、更に期日間際の5月24日付で行田医師の反論意見書(乙12号証)を提出してきた。我々は、なりふり構わぬ国のやり方に抗議し、これ以上反論はしないと確約させた上で、裁判所に結審を7月12日に延期してもらい、6月23日付で東﨑医師の再反論の意見書(2)(乙28号証)を提出した。
 その中で東﨑医師は、①少なくとも最も症状の著しい本件言動直後の原告の状態に触れないまま「それほど重篤ではない」と断定して診断をするべきではない、②主治医でなく、面接もしていない医師が、もともと材料不足の上に、しかも独断で証拠の取捨選択をして行った診断に価値があるかは疑問である、③実際に診察した主治医はうつ病と判断し、その診断に基づいて治療を行い、それが功を奏して原告の症状は改善しつつある、として行田医師の意見書を厳しく批判した。
 このように、本件は、結審間際から医学論争が激しく闘われたのである。

第3 判決のポイント
1 判決主文
 平成17年9月20日言い渡された判決は、「被告国は、原告に対し、58万8495円及びこれに対する平成12年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」というものあった。

2 争点①(Nの言動の違法性)について
(1) Nの言動についての認定
 判決は、裕子さんのノートについて、「原告が本件相談直後の段階で、被告Nの言辞について意図的に虚構の事実を主張するに足りる動機を有していたことをうかがわせる事情は全く認められず、‥‥意図的な虚構の可能性はないと考えられる」、「本件ノート及び本件申立書に記載された本件相談の状況については、原告の当時の認識をそのまま記載したものとして、一応の信用性を認めることができる」とした上で、「上記の原告作成の各書証の記載や原告の供述のとおり、被告Nは、原告に対し、善顯が前日及び前々日に公休を取得していたことなどを理由として、労災申請の手続をするだけ無駄であるかのように断定的に述べた上、善顯が原告には会社に出勤すると嘘を言って別の所で遊んでいたのではないか等と述べたり、自宅での献立作成は業務とは認められない旨述べたりして、原告からの説明に対し、逐一取り合わない態度を示していたものと認めることができる」と判示して、「断定的な説明内容及び説明態度」を認定した。
 また、「侮辱的な言辞」についても、判決は、①「原告は、本件相談直後に、‥‥被告Nから、善顯が仕事をしている、と言って女性と遊んでいたかも知れないと小指を立てて言われた旨、泣きながら訴えていたこと」、及び、同様のことを言われて感情を害している旨苦情を申し立てている労災申請者がいること(これは由良弁護士らの過労自殺事件の依頼者であった。)を挙げ、「これらの事実を総合すれば、被告Nが、原告に対して、善顯が出勤しているよう装って遊びに行っているのではないかと述べる際に小指を立て、その遊びの相手が女性であることを示唆したものと認めることができる」として、「善顯の浮気を示唆する言動」を認めた。
 ②さらに「被告Nから『女だてらに一人でよく来たね。あんたらみたいな人がいるから僕らの仕事が忙しくなる、もうこんといて』とも言われた旨を、ページの左側の余白部分に書き加えている」ことについても、「十分信用することができる」とし、「以上によれば、被告Nが、原告に対して、本件相談の際、原告の求める労災申請が無駄であり、これを受け付けると被告Nらにおいて無駄な作業を強いられるとして不快感を示し、原告を追い返すような言動をしたものと認めることができる」として、「原告を追い返すかのような言動」をも認定した。

(2) 求められる窓口相談のあり方と、担当職員の説明や言辞が違法となる要件の判示
 次に判決は、「労働基準監督署における窓口相談のあるべき姿」について、次のように判示した。「労働基準監督署は、労働者等から労災請求を受理した上で、自らその調査及び判断を行う行政機関であるところ、不適切な請求が行われれば、請求者が不利益を受ける場合があるのみならず、労働基準監督署の業務にとっても無駄な負担となりうるものであるから、労災請求を行おうとする者から労災請求に関する問い合わせや手続相談があった場合には、適切な請求が行われるようにするため、必要に応じて手続を教示したり、労災補償制度の趣旨、内容や労災認定の要件、基準等を一般論として説明することは当然行われるべきものであるし、相談者から聴き取った内容を前提として、あくまで参考意見として相談者に対しておおよその見通しを事実上伝えることも、適切な請求の実現のために有益であり、かつ、労働基準監督署としての公正さを失するものでない限り、それ自体は違法視されるべきものではなく、むしろ行政サービスの一内容として積極的に求められるものとさえ考えられる。」(傍線は筆者)

 その上で判決は、次のように、窓口担当者説明や言辞が違法となる場合の要件を判示している。
 「もっとも、そのような場合にも、窓口相談において、担当者が相談者に侮辱的言辞をもって対応することや、相談者の判断を誤らせるような誤った内容の説明を行うことが許されないことは言うまでもない。また、申請の意思決定はあくまで相談者が自発的意思に基づいて判断すべきであって、相談者の相談内容から申請の可否が一見して明らかである場合は別として、事案の調査が十分には行われていない段階で、相談者に対して断定的な意見を示し、申請の当否を云々して申請の断念や撤回を迫ることは、参考意見の提供という範囲を超えるものであって、許されないものと言うべきである。」(傍線は筆者)
 すなわち、判決は、担当者が相談者に①侮辱的言辞をもって対応すること、②誤った内容の説明を行うこと、③断定的な意見を述べることは違法である、としたのである。

(3) Nの言動の違法性の認定
 判決は、以上に基づき、Nの言辞には、前述のような侮辱的な内容が含まれ、また断定的な内容が含まれていたとして、Nの言動は違法であったと断じた。
 この点に関して、被告国が、「本件は旧認定基準では業務上に該当する事案ではなかった」と主張していることから、Nの説明内容の当否についても検討し、「被告Nが原告から聴き取った内容を、本件相談当時の認定基準を前提として検討」しても、「積極的な認定を相当程度導きうる内容も含まれていたことが認められる。‥たしかに、これらの事情説明の内容は、本件相談の段階では、十分な裏付けを備えたものと言えるものではなかったものと考えることができるが、被告Nは、これらの点について何らの資料もない段階であるにもかかわらず、‥‥原告に対して単にその真偽を確認するのではなく、むしろ積極的に反駁して原告の主張する事情を逐一否定的に理解し、それを前提として消極的な見通しを断定的に述べているのであって、この点において被告Nの説明は違法であったと評価することができる。」

3 争点②(Nの言動と原告のうつ病発症との相当因果関係)について
 判決は、本件相談以前の原告の状態、本件相談後の状況等を詳細に検討した上で、「原告が、善顯のクモ膜下出血の発症が労災であるとの思いを強くし、労働基準監督署に行けば、職員の尽力によって労災申請が受け付けられ、最終的には労災認定がなされるであろうとの期待を抱いて新宮労基署の窓口に赴いたことがうかがわれること(証拠略)をも合わせて考えれば、原告のうつ病の発症の原因は、原告が精神的、肉体的ストレスを蓄積していたところへ、本件相談における被告Nの対応によってそれまでの期待感が一気に恐怖感、絶望感に変化した経験にあると考えるのが最も合理的である。」として、相当因果関係を認めた。

4 損害の認定と寄与度減額
 判決は、原告の治療費の大部分(27万6990円)を損害と認め、また慰謝料として70万円を認めた。
 もっとも、判決は他方で、「原告が、被告Nの違法行為から上記のような経過をたどって原告がうつ病を発症するに至ったのは、原告の性格上の素因や、ストレスの蓄積、窓口相談に対する期待の大きさなど、原告側の要因も多分に寄与した結果であると考えざるを得ない。また、‥‥原告は、本件相談によるうつ病発症後、労災申請の方針等をめぐって、何度か直輝(注、原告の長男)と対立しており、特に、原告の精神状態が平成13年6月ころに労災申請に関して極めて不安定になったのは、労災申請等の方針をめぐる直輝との意見の対立が強く影響していることがうかがわれる。このような事情に照らせば、上記損害の2分の1についてのみ、被告Nの違法な行為に帰責できるものと認めるのが相当である。」とした。
 そして、判決は弁護士費用として10万円を認めた結果、判決主文の認容額となった訳である(なお、判決は、「国家賠償法1条の適用がある場合には、公務員に故意又は重過失が認められる場合であっても、公務員個人は被害者に対して直接に損害賠償責任を負わないものと解すべきである。」として、N個人に対する請求は棄却した。)。

5 判決の確定
 この1審判決に対して、意外にも国は控訴せず、この判決は確定した。

第4 判決の意義
1 前述したことから明らかなように、この判決の先例的な意義は、①労基署の相談窓口のあり方を示したこと、②それを踏まえて、行政の相談窓口の担当職員の言動が違法性を帯びるのはいかなる場合かを明らかにしたことにあると考えられる。
 これまでの国家賠償請求が認められた事例は、警察や税務行政等のいわゆる権力的公務についてのものが圧倒的であり、行政サービスというべき分野で、しかも担当者の言動に違法性が認められる場合があるとした意義は大きい。

2 本件の提訴及び判決が、労災行政に与えた影響も決して小さくない。
 毎年、労災補償部長から都道府県労働局長宛てに「労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について」と題する通達が出されているが、平成16年分(平成16年3月4日発出)において初めて、「労災保険給付に係る相談等に対する懇切丁寧な対応について」という項目が設けられ、平成17年分(平成17年2月28日発出)では、次のようにさらに詳しい記述となっている。

「2 懇切丁寧な窓口対応
 被災労働者を肇とする関係者に対し、懇切丁寧な対応を行うことは行政としての基本姿勢であり、仮にこれら基本的対応につき配慮に欠ける点があった場合、適切な保険給付処理以前の問題として、労災補償行政に対する信頼が失われかねないこととなる。労災請求に係る相談等があった際、あるいは請求受付後の実地調査等の家庭で請求人等と接する場合には、この点に特に留意し、常に相手方の置かれている立場を考慮した上での懇切ていねいな対応を徹底すること。
 また、不支給決定を行った事案について、当該不支給決定を行った理由、判断の根拠等について請求人から問われた場合には、調査結果や労災認定の考え方について、可能な限り分かり易くかつ丁寧な説明を行うことにより、その理解を得るよう努めること。」

3 なお、この判決の1か月後の平成17年10月27日、和歌山労働局は、Nを減給10分の1、1か月の懲戒処分にしたと報道されている(2005年10月28日付毎日新聞)。
 労働行政が、本判決を深刻に受け止めていることが、ここにも表われているといえよう。

第5 おわりに
 N課長の暴言によって発症したうつ症状に苦しみながら、会社に対する民事訴訟と並行してこの国家賠償請求訴訟を行うことは、裕子さんにとっては、本当に大変なことだったと思う。これをやり遂げ、かつ勝訴することができた最大の原動力は、何よりも裕子さんの執念と、善顯さんに対する愛情であった。
 会社に対する民事訴訟も1審で勝訴し高裁で勝利和解を勝ち取った今、改めてその思いを強くする。裕子さんの闘いに、心から敬意を表したい。
 この判決が、今後の労災行政に役立てられることを願ってやまない。

(弁護団は、山崎和友、由良登信、岡田政和〔以上和歌山〕、岩城穣、中森俊久〔以上大阪〕である。)

【上田さん関係経過表】

被災者の発症と労災手続 国賠訴訟関係 民事訴訟関係
H2/3/3 会議中に発症して倒れる  
  7/31 新宮労基署に相談 H12/7/31 労基署担当者から暴言を受ける
  9/25 労災申請  
H3/12/12 新認定基準制定  
H4/7/2 善顯さん死亡  
  11/26 業務上の認定    
    H15/3/3 民事訴訟提訴
  H15/7/24 国賠訴訟提訴  
    H17/4/12 一審判決(双方控訴)
  H17/9/20 1審判決(確定)  
    11/29 大阪高裁で和解成立

(民主法律265号・2006年2月)

2006/02/01