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専務取締役も「労働者」~労災不支給処分取消訴訟で勝訴 弁護士 井上耕史(民主法律時報378号・2003年11月)

弁護士 井上耕史

一、 事案の概要
 1 被災者は、大阪市内で袋物かばん等の卸売業を営む株式会社(従業員9人以下)の専務取締役であった。
   被災者が、出張中に死亡したのは業務に起因するとして、遺族が労災申請をしたところ、労基署長は労災保険法上の「労働者」にあたらないという理由で不支給処分を行った。同処分に対して遺族がその取消しを求めたのが本件訴訟である。
 2 被災者は、高校卒業と同時に会社の前身である個人商店に就職し、42年間、営業活動一筋に仕事をしてきた。被災者の営業担当地域は北陸と四国であり、それぞれ毎月1回ずつ出張して小売業者からの注文を受け、出張から戻ると他の従業員と共に出荷作業をしていた。
  昭和42年に株式会社化し、昭和51年に被災者は専務取締役に就任したが、取締役就任の前後で被災者の業務内容に変化はなかった。
 3 平成12年8月、被災者は6日間の予定で北陸方面に出張したが、出張6日目の朝、富山市内のビジネスホテルで急性循環不全により死亡した。
 4 労基署長の処分理由は労働者性否定であるが、労基署の調査官は、仮に労働者性が認められても、業務起因性が認められないとの意見を提出していた。
 5 本件訴訟では、労働者性と業務起因性の双方が争点となった。業務起因性では、特に被災者の平常時・出張時の労働時間が争いとなり(会社にはタイムカードがない)、被告は新認定基準によっても業務起因性が認められないとの主張をしていた。
 6 大阪地裁第5民事部(小佐田、中垣内、下田裁判官)は、次のとおり判断して、不支給処分を取り消した(平成15年10月29日判決言渡・確定)。

二、裁判所の判断
 1 労働者性の肯定
   本判決は、まず、被災者が専務取締役就任前に労働者性を有していたことを認定した。その上で就任後も、被災者の業務内容に変化がないこと、他の従業員と同様の営業・出荷・清掃作業を行っていたこと等から、専務取締役就任後も、被災者は労働者性を喪失したとは言えないとした。
  他方、判決は、被災者が会社の業務執行に関与し、裁量権・従業員に対する指揮命令権を有しており、他の従業員と勤務時間・給与等での差異が見られることを認めている。しかし、これらの事実は、直ちに労働者性と両立しない事実であるとは言えないとして、被告の主張を退けている。
 2 業務起因性判断を留保したままの取消判決
  本判決は、被災者死亡の業務起因性については、第一次的に労基署長に判断権限が与えられており、労基署長は業務起因性に関して判断をしていない以上、裁判所はこの点の判断を留保して、本件処分を違法として取り消すべきであるとした。なお、調査官が業務外の意見を提出し、訴訟で業務起因性に関する主張立証がなされている場合であっても、それをもって労基署長が第一次判断権を行使したとは言えないとしている。

三、本判決の意義
 1 労働者性の判断について
  労働者性が問題となる事例は、請負名目等様々な場合があるが、裁判例はあまり多くないし、判断基準も明確とは言えない。本判決は、使用人から取締役に就任する類型につき、当該取締役就任後に使用従属関係が消滅したと認められる事情が存在するか、という判断枠組みを用い、その立証責任を労基署側に負わせたものと評価することができ、今後の参考となる。
  本件の結論についても、家族経営企業の番頭格という被災者の実態を正当に評価したものとして、妥当である。
 2 業務起因性判断の留保について
  本判決は、最高裁平成5年2月16日判決(民集47巻2号473頁以下)の判断に忠実に従ったものである。
  建前としては、取消訴訟において労働者性のみを立証すれば良いということになる。しかし、労働者性の立証のためには被災者の労働実態を明らかにする必要があるから、労働者性の立証活動と業務起因性の立証活動とは、かなり重なる部分が多いのではないか。そうすると、労働者性と業務起因性とを同時に審理して判断する方が早期救済につながるようにも思われる。本判決の枠組みは、逆に労災認定の長期化を招くおそれもあり、問題なしとはしない。
 3 本判決は、いわば労基署への「破棄差戻し」判決であって、仕切り直しという形になった。しかし、業務起因性について当方主張に沿う証人調書が残っており、裁判所も、労働者性判断の中ではあるが、当方主張の退勤時刻を認定している。これを足がかりに、今度こそ業務上認定を獲得したい。 (弁護団は松丸正、林裕悟、井上耕史)
(民主法律時報378号・2003年11月)

2003/11/01