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武富士残業代不払事件 弁護士 河村 学(「労働者の権利」249号)

弁護士 河村 学

1 はじめに
 本件は、ごく単純な時間外・休日出勤手当の不払事件である。本件の特色は、不払をしていた企業が武富士という大企業である点、労基法違反で刑事告発をしその告発に基づいて武富士本社等への強制捜査が行われた点、民事裁判において苦しい証拠状況であったにもかかわらず原告の請求する不払額のほぼ満額の支払を含む勝利的和解ができた点にある。

2 武富士での就労と時間外手当支給の実態
(1) 就労の実態
 原告(原告は元従業員男女各1名であるが、特に記述のない限り、男子従業員について述べる。)は、1997年3月26日武富士に入社し、1999年9月24日からは副支店長として、2000年9月14日からは支店長として就労していた。原告は、就労を継続するにつけ、過剰なノルマを課しその達成のために残業・休日出勤を強要しながら、残業代の支払をほとんどしないことについて疑問を抱くようになった。
 当時、武富士では、男子従業員の場合、常態として、少なくとも平日午前8時から午後9時までは働かせており(実労働時間1日12時間)、休日出勤等も併せてその時間外労働は月100時間を超えるような状態であった。従業員にこのような労働を押しつけていたのは、金融監督庁の指導(ガイドライン)によって、顧客への支払請求等のための架電行為が許されるのが同時間帯とされていたからである。

(2) 武富士の就業規則及び法の規定
 武富士の就業規則によれば、平日の所定労働時間は8時間(2シフト制)で、第5土曜日のみ所定労働時間5時間とされていた。
労基法32条1項によれば、週の労働時間は40時間でなければならないから、第5土曜日のある週の所定労働時間が45時間となるこの定めはおかしいようにみえるが、武富士は1年間の変形労働制をとっていたのである。
 1年間の変形労働時間制(労基法32条の4)とは、おおざっぱにいえば、1年間の週の所定労働時間が平均して40時間以内であれば、ある特定の週の所定労働時間が40時間を超えていても構わないとするものである(この制度を利用するには、事業場毎に、労働者の過半数で組織する労働組合か、それがない場合には労働者の過半数を代表する者との書面による協定が必要であるが、武富士は、何らの選出手続も行わず、各支店長にサインさせ、労基署に届け出ていたのである。)
 この制度は、そもそも業務の繁閑の波が大きい事業等のために導入されたものであるが、武富士は第5土曜日を所定労働時間とすることのみにこの制度を用いており、その意図が時間外等手当の支給額を減らすためだけに用いられていることは明らかである(ただ、実際には法に従って時間外等手当を支給しているわけではないのだから、意味はなかった。)。
 ちなみに、原告が請求する約2年間に変形労働時間制が適用され、本来時間外等労働時間とされるべきものが、所定内労働時間としてカウントされたのは、51時間であった。

(3) 武富士の時間管理の方法
 いずれにしても月100時間を超える時間外・休日労働を強いてきたのであるから、法に従えば、相当な時間外等手当の支給がなされなければならない。武富士はその支給をごく一部しかしなかったわけであるが、その方法は次のとおりである。
 武富士では、出退勤管理のためのタイムカード等出退勤時間を正確に把握するものは何ら備えられておらず、従業員が出勤表に自ら残業時間等を記載するようになっていた。ただ、従業員は、実際の就業時間を記入することを認められておらず、原告が就業していた時期には、月25時間までと決められていたのである。したがって、従業員は、出勤表の残業時間欄に、合計が25時間となるように適当に割り振って記載し、これにしたがって武富士が時間外等手当を支給していたのである。
 また、本社から各支店の端末に「出勤簿について 男性のみ15時間つけて下さい。女性はな無しですすみません」などと「指示」が出されるときもあった。このようなときには、例えば、男性社員は残業時間が合計で15時間となるように出勤簿に記載し、女性は残業時間を全く付けられなくなるのである。
 このように武富士においては、本社の指示で、個々の従業員の残業時間等がいかようにも定めることができたのである。
 なお、従業員が実際の残業時間等を記載すればよかったのではないかとの疑問も生じうる。しかし、武富士は、従業員に対して、一方で、厳しいノルマを課し、また、会社(会長)への忠誠を誓わせる精神指導を行い、他方で、些細なミス等につけ込んで顛末書や始末書を出させて損害賠償を予告し、また顧客の債務保証をさせるなどしてがんじがらめの状態に置いているのであり、とても会社に逆らうことができる状況にはなかったのである。

(4) 原告に対する不払労働時間
 原告が、自分で計算した時間外労働2年分(1998年10月21日から2000年10月31日まで)の合計時間は約2550時間であった。しかし、武富士が原告に支払った残業代は、479時間分のみであり、不払賃金額は約410万円にのぼった。
 また、原告に対しては、武富士の就業規則上退職金約25万円が支給されるべきであった。しかし、おそらくは、原告が、武富士を退職するとともに、労働組合に加入し、過去の残業代の請求を行ったことの腹いせのため、武富士は、退職金の支払いさえ拒んだ。

3 提訴及び告発
(1) 事件方針の確定
 原告は、退職後、労働組合に加入し、団体交渉を行おうとした。しかし、武富士が全く応じようとしなかったことから、弁護団を構成して、対策を練った。そして、不払となっている時間外等手当請求の民事裁判を行うとともに、労働基準監督署に告発を行い武富士に対し刑事処罰を求めることとした。なお、実際には、告発と同時に是正申告(労基法104条)も行ったのであるが、これについては労基署の要請で、どちらか一方にしてくれと頼まれたこともあって取りやめた。
 弁護団が刑事告発を行ったのは、残業不払が組織的・確信犯的に行われていたからであり、また、民事的に原告の損害が回復したとしても(それでも時効の関係で2年間に限られるが:労基法115条)、結局不払をした方が得をするという結果を招くことは許せないと考えたからである。

(2) 告発・訴訟の内容
 告発は、武富士という法人を被告発者として、主として労基法37条違反を根拠に、労基署に対して行った(2001年7月10日付)。すなわち、時間外等手当の不払いは、「6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」と規定されている犯罪行為であるから(労基法119条)、労基法違反の罪について警察官としての職務を行う労働基準監督官に(労基法102条)、武富士を刑事裁判にかけ処罰するように求めたのである。
 また、民事訴訟については、不払となっている時間外等手当及び退職金の全額と、時間外手当等について同額の付加金の支払(労基法114条)を求め、大阪地方裁判所に提訴した(2001年4月26日付)。

(3) 訴訟の経緯
 武富士は、民事裁判については、原告の主張する時間外労働については証拠がないという立場に終始した。すなわち、武富士は、支店にはタイムカードが存在せず、出退勤管理は出勤簿に従業員が残業時間を含め記載しこれを所属長が確認印を押印して確認する自己申告制がとられていたとして、出勤簿に記載のない残業時間は根拠がないと主張し続けたのである。自らが時間外等手当の不払を行うために適正な就業時間管理を行わないでおいて、労働者の請求に対しては時間管理がなされていないことを盾に支払を免れようとする武富士の狡猾さの現れであった。
 これに対し、原告は、武富士が所持している顧客に対する電話請求記録の提出を求めて対抗した。この記録は、武富士が顧客と従業員を管理するために保持している電磁的記録で、電話をした日時、顧客の会員番号、電話をした従業員名、電話内容等が顧客ごとに逐一記録されているものであった。原告の場合、午前8時過ぎから午後9時前まで、ほとんど電話による督促・勧誘等をしていたため、この電磁的記録を原告名で検索して並び替えれば、ある程度就業時間が割り出せると主張したのである。
 しかし、武富士はこの記録の存在自体は認めるものの(原告がこの記録の一部をプリントアウトしていたため否定できなかった)、提出を拒んだ。その理由は、電磁的記録は顧客ごとに保管してあるため、原告名に並び替えるためには、「単純に推計しても数ヶ月といった莫大な時間とコンピュータ処理を要し」、毎日の営業行為のためコンピュータがフル稼働していることも考えれば、現実問題としては不能であるというのである。
 コンピュータ内の特定の文字列の検索が現実的に不能という武富士の主張は、常識的にみておかしなものと思われた。しかし、訴訟はこの局面で膠着状態となった。この間、裁判所は、原告に対し、請求している2年間の毎日の就業時間の個別具体的な立証を求め、武富士の示唆する和解を勧めるのみであった。

(4) 労働基準監督官による捜査
 一方、告発後の労働基準監督官による捜査も難航した。その理由としては、①被疑者が大企業で社会的影響が大きいこと、②本社が東京であるため東京労働局との共同が必要であり、その調整に時間がかかること、③武富士の従業員が武富士からの損害賠償請求や保証債務の履行請求等「何かされる」という恐れから、監督官の聞き取りには応じてもこれを証拠化することが困難であったこと、などが挙げられる。
 原告の弁護団は、担当監督官と継続的に連絡を取り合い、監督官から要請される必要な協力を行っていた。特に、従業員の恐れは深刻であったため、武富士からの損害賠償請求等に関する弁護団の見解を述べ、また問題が生じたときの受け皿についても協議した。監督官の姿勢が弱気になり、捜査が頓挫する危惧が生じたときにはあわてて申し入れを行ったこともあった。
 その後、担当監督官の熱意もあってそうした危機を乗り越え、捜査を進める決意が固められた。この間の監督官の捜査はかなり慎重かつ精密で、前述の架電記録の保管状況・検索の可能性、その他の証拠物品(詳細は不明であるが、原告が主張していた就業時間特定のための物品としては、従業員を監視するためのビデオテープや、支店の鍵の開閉に関する警備記録等があった。)の状況、武富士の組織機構、本社内部の詳細等武富士の奥深くまで調べ尽くしているという感じだった。
 このような準備をもとに、2003年1月9日、監督官は、労働基準法32条及び37条違反の被疑事実で、武富士本社、同大阪支社を含む7カ所の捜索・差押を行った。

4 武富士本社等への捜索・差押及び訴訟上の和解
(1) 武富士本社等への捜索・差押
 武富士に対する強制捜査は大きな衝撃をもって迎えられた。労働基準監督官が、大企業に対して、強制捜査を行うことは極めて異例だったからだ。
 強制捜査が行われた理由としては、①近時、労働時間管理の適正に対し労働局が強い姿勢で臨んでいたこと、②本件において、全体の不払金額が極めて大きく(おそらく数十億にのぼる)、武富士が度重なる是正指導にも応じようとしなかったこと、③労働時間を特定できる資料、及び、故意をもって不払を行っていることを示す資料が存在していたことなどが挙げられる。

(2) 訴訟上の和解
 この強制捜査の後、民事訴訟の方は急展開した。武富士が不払額をほぼ全面的に認める形で和解を申し出てきたのである。この背景には、武富士が日経連に加入したばかりであり、刑事事件の進展は財界全体にとってもよくないとの判断もあったと思われる。
 原告と弁護団では、この和解を受け入れるか否かについてかなり議論がなされた。特に考慮したのが、和解により刑事事件が潰れないかという点と、判決により得られる経済的利益の見通しについてである。
 その後、弁護団では、監督官とも話をし、特に原告の意向を十分確認して、和解に応じることとした。和解に応じた理由は、①武富士に謝罪させ、今後の就業時間管理の適正を約束させることが、武富士の他の従業員をはじめ、労働者全体の権利の向上にとって利益であること、②裁判の見通しとして、証拠を提出することが可能か否かについて、未だ不明確な状況があったこと、③原告の意向として、経済的利益も重要であること、などからである。
 その後、武富士代理人との折衝を短期間の間に数回もち、同年2月20日、和解が成立した。和解の中心的内容は、①請求していた時間外手当等のほぼ満額の支払い、②「被告は、原告ら両名に対し、時間外手当等の未払いが発生したことにつき遺憾の意を表明する。」、③「被告は、被告のもとで稼働する労働者について、労働時間の正確な管理に努め、就業規則所定の基準時間外に労働者を稼働させた場合には、労働基準法ならびに被告就業規則に従い、割増賃金を支給するものとする」、その他である。

(3) なお、武富士は、和解後、約3000名の一般の従業員に対し、数十億円を投じて、過去約2年分の残業代の支払を行ったようである。

5 本事件に携わっての感想
(1) 本事件において、最も重要だと思われるのは、残業代不払は犯罪であるを社会的に認知させた点である。
従来、労働基準監督署は労働者からの是正申告に対して、申告後の改善のみを指導するという方法が行われていた。しかし、これでは、企業にとってはサービス残業を行わせた方が結果的に有利となってしまう。
 本事件は、単に不払賃金の支払をさせることで法律上当然の義務を果たさせたというにとどまらず、これを犯罪として認知させ、社会的ペナルティを与えたという点に大きな意義を見いだせる事件といえる。

(2) 次に、労働者の権利を擁護・実現する上で、行政機関と連携することが必要であることを改めて感じた。
 労働行政機関に対する申告・告発等は、よく判らないとか、効果について疑問があるとか、役に立たないとかの理由で、積極的に活用される例が少ないように思われる。
 しかしながら、労働行政機関は一面では柔軟に、一面では権力的に、問題を処理する権限を与えられており、労働者の権利保護に大きな力を発揮する可能性があると思われる。
 本件においても、行政機関への告発とこれに基づく強制捜査の実現が、原告に支払われなかった賃金を支払わせ、それと同時に、他の武富士の3000名にも及ぶ一般従業員に残業代を支払わせる契機となったのである。
 行政担当者のやる気等にも大きく左右されるが、労働行政機関に対する申告・告発を、労働者任せにすることなく、弁護士が積極的に活用し、行政担当者を動かす努力を図ることが必要ではないかと思われる。
 なお、労働基準法違反や、労働安全衛生法違反について、労基署へ申告・告発するばかりでなく、派遣労働者や偽装請負・偽装業務委託的な労働関係に置かれている労働者について、派遣法違反・職業安定法違反を理由に、職業安定所に申告・告発することも有効であると思われる。殊に、後者については、労働者の法律上の権利保護が薄弱であるため、行政機関を活用した解決が最も効果的であると思われる。

(3) さらに、本事件を通じては、行政機関の対応に比し、裁判所の対応が極めて消極的であった点が印象深い。
 本事件では、武富士がサービス残業をさせている事実については一部の証拠から明らかであったが、裁判所は、日々の就労時間の個別の立証を原告に求め続けた。
 しかし、タイムカード等での労働時間管理が適正に行われていない企業において、労働者側がこのような立証を完全に行うことはまず不可能といってよい。そして、このように労働者に過大な立証責任を課すことは、結局のところ、適正な時間管理をせず犯罪行為の隠蔽をうまくやっている企業の方が、仮にその犯罪が発覚した場合にも、民事上は得をし、労働者は労働基準法上の権利・利益を享受できないという結果となってしまうのである。
 就労時間の適正管理義務、その立証責任に関する立法的な手当が必要なところと思うが、そのような立法がない場合でも、適正な時間管理を行っていなかったことのリスクは企業が負担すべきなのであるから、少なくとも実際の労働時間についての蓋然的な立証を労働者側で行うことができた場合には、日々の就労時間についてより短かったことを使用者が立証する責任を負うと解すべきである。

(4) 最後に、労働者の権利を実質あるものにするためには、企業組織の内部に、企業の法違反を監視・告発する労働組合の存在が不可欠ということを強く感じた。
 武富士は長年にわたって残業代の不払を継続してきており(その不払額の合計は莫大な額になると思われる。)、原告の勇気ある問題提起までその改善はなされなかった。それは、企業の法違反を監視・告発を行う役割を担う者がいなかったからである。
 外部的には、労働基準監督官がその役割を担う者と位置付けられているが、貧弱な労働行政のもと、この役割はほとんど果たされていない。
 とすれば、この役割を担うのは、現在のところ労働組合しかなく、これを育成・強化することが、労働者の法律上認められた最低限度の権利を実現するためにも必要であると思われた。
                              (日本労働弁護団「労働者の権利」vol.249より転載)

2003/04/01